6時半起床。

 朝食は蜂蜜入り豆乳ヨーグルト。

 娘を見送ってから、在宅勤務を開始する。

 午後から半休を取り、昼過ぎに勤務終了。父の検査結果が出揃ったということで、午後から病院へ行く。

 真っ昼間に新幹線で上京するのは違和感がある。

 西川口に到着後、「ミスターギョウザ」で昼食。

 焼き餃子と水餃子で迷い、どちらも1人前ずつ注文する。これでもお会計は1,000円に届かないという破格である。

 焼き餃子は子どもの頃から慣れ親しんだ美味しさである。

 水餃子を食べるのは(記憶にある限り)初めてだと思う。生姜のきいたスープとよく合っており、こちらも美味しい。1人前が10個というのは多いのではと思ったが、気付いたら残り1個になっていた。

 帰りにお土産用餃子も買おう。

 病院で母と弟と合流し、父の主治医から検査結果とそれに基づく診断を聞く。詳細は割愛するが複数の癌があり、既に末期で治療の道はないとのこと。余命は年明けか早ければ年内、良くても春を迎えること出来ないだろうとの見立てだった。一方で、痛みや苦しみは少なくとも現状ではないし、今後生じたとしても薬でコントロールできるとのことだった。

 一旦実家へ戻って情報を整理し、話し合い。先生からは告知の有無、内容(どこまで詳しく説明するか)、主体(誰が告知するか)についてはご家族の意向を尊重しますとのことだったので、私たち家族から全てを包み隠さず話すことに決めた。

 病院へ戻って父へ告知する。父は既に癌であることは知っているし、状況的に覚悟はしていたのだろう、もちろんショックはあるのだろうが、まあそうだよなという反応だった。今後の治療に関する意向も確認し、方針を固める。本当は他にもたくさん聞いておきたいことがあるのだが、少し時間を置いてからのほうがいいだろう。

 病院を出て、「ミスターギョウザ」で夕食用の生餃子を買ってから帰途につく。

 19時前に帰宅。夕食は焼き餃子と水餃子。

 妻が焼いてくれたのでお店のものと変わりない出来栄えである。

 水餃子は付属のスープの素を使ったものと、お湯だけバージョンとの2種類に分けてくれた。

 お湯だけのものはポン酢で食べる。これもシンプルに皮と餡の味が伝わってきて美味しい。

 入浴と洗濯を済ませ、娘を寝かしつける。

 日付が変わる頃に就寝。

 それにしても、自分の口から父へ告知することになるとは思いもしなかった。自分自身の感情も定まらない中、当事者である父に厳しい現実を伝えなければならないというのは難しいものだったが、貴重な経験になったとも思う。これから私がすることになる一連の「父の喪失」という経験は、父が私にしてくれる最後の教育なのかもしれない。せっかくの機会なので、思いきり堪能させて頂こう。