8時起床。
朝食は蜂蜜入り豆乳ヨーグルト。
昼食は、昨日義母が妻に持たせてくださった手作りのいなり寿司やパンなど。

パンにはくるみやレーズンが入っている。パン教室で作ったものだそうだが、驚くほど美味しい。ふわふわと柔らかいし、香りもとても良い。

いなり寿司は錦糸卵の入った豪華版である。

午後、妻が娘と買い物へ出掛けたので、私はゆっくり読書。
妻と娘が帰宅し、入浴を済ませてから夕食。

スーパーで娘が選んだブリらしい。味がよくしみていて美味しい。

先日実家の母が送ってくれた山菜(名前は忘れた)を妻が天ぷらにしてくれた。味も香りもしっかりあって、特に揚げたては絶品だった。

洗濯を済ませ、娘を寝かしつける。
『生きる言葉』(俵万智)、読了。
ほぼ毎日このブログを書いているということもあり、何を書くか書かないか、誰のために書くかということについて深く考えさせられた。本書で紹介されている『光る君へ』の清少納言のように「影の部分は(あっても)書きません」というスタンスだが、それは一般公開しているブログ故の限界であって、許されることなら影たっぷりの日記を書きたい日もあるし、実際に下書きまでは書いてみたもののあとから書き直すということもある。あとから振り返ってみて、影を隠したつもりが漏れ出ているなと苦笑いしたことも一度や二度ではない。
誰のために書くかという視点でいえば、このブログは第一に将来の自分のために書いている。解離性健忘を経験した身として、また記憶がなくなった時に備えて日々の暮らしを記録しておきたいというのは、願望というより強迫観念に近いかもしれない。当時記憶を取り戻したきっかけが数日前に食べたものだったことから、特に何を食べたかを記録することへの執着が強い。
一方で、このブログの存在を知っている知人・友人の存在は意識しているし、たまたま見つけてくださった面識のない方々の存在も想定して書いている。趣味や旅行などの日記が長くなるのは、キーワード検索でたどり着いた同じ趣味、興味関心のある方々に少しでも面白いと思ってもらいたい、思ってもらえたら嬉しいからである。最近では、成瀬シリーズ(『成瀬は天下を取りにいく』『成瀬は信じた道をいく』)や龍が如くシリーズの聖地巡礼旅の日記を読んだ方から「実際に自分が行ったような気持ちになって楽しかった」という感想を頂いたりもして、たいへんモチベーションが上がった。
最後に、これまでの話とつながりはないのだが、本書内で紹介されている著者の短歌の中で心震えたものがあるので紹介したい。
最後とは知らぬ最後が過ぎてゆくその連続と思う子育て
馬鹿みたいな表現になってしまうが、「俵万智すげー!」と思った。
私も短歌を詠む習慣をつけてみようか。
日付が変わる頃に就寝。
