6時起床。京浜東北線は100%運行に戻っているということで、久しぶりに通常通りの電車に乗ったところ、それでも若干混雑が激しかった。私は埼玉から神奈川まで通勤しているので、通勤ラッシュの始まりかけぐらいのタイミングで電車に乗るのだが、電車の遅延を想定して早めの電車に乗るという人が一定数残っているのだろう。その気持ちはわからなくもない。
今日からは、とにかく事業の報告起案の作成に没頭することになる。しかし、作業量こそそれなりに多いが、それが遅れたりミスが出たからといって外部(支援先やコンサルタントさん方)に迷惑を掛けることはないので、気分的にはかなり楽な作業である。要するに、国の最終監査に引っかからないように書類を整えればいいのだ。
18時過ぎに退社し、19時半過ぎに地元へ戻ってくる。我が地元では今夜、計画停電が実施されていた。地域としては2度目の夜間停電だが、1度目の際には私は関内に泊まったので、今日が初体験である。当たり前なのだが、駅を出ると外は本当に真っ暗で、人とすれ違うだけで気を遣うし、道路を渡る時などはかなりの注意が必要となる。ただ、普段はまず体験できないことなので、不謹慎かもしれないが少しワクワクした。また、一部の店舗(ラーメン屋や居酒屋)が店内にローソクを灯して営業していたのが印象的だった。ローソクの灯りの下でラーメンを食べるなどという経験も、通常ではまず出来ないだろう。ただ、店舗側としては苦肉の策であるわけで、この停電が飲食店にとっていかに大きな打撃であるかということを、この光景は如実に示しているのだ。

本当に真っ暗だ。

大きな交差点では、警察官が手信号で交通整理をしている。
帰宅したからといって何が出来るわけでもなく、懐中電灯を駆使して着替えをし、ローソクの灯りの下で夕食(焼きそば)を食べる。仏壇用に買い込んであったローソクが、ここぞとばかりに大活躍だ。しかし、電気がないというのは本当に大変なことである。健康や恋人と同様に、電気もまた失って初めてその大切さに気付くものだった。

ローソクの灯りの下で、父が仕事をしている。

夕食の焼きそばに後光が差している(嘘)
不便さの一方で、思わぬ収穫もあった。ローソクを挟んで1時間ほど父とゆっくり話をし、幼少時の話や母との馴れ初めなど、今まで聞いた事のなかった話をたくさん聞くことが出来たのだ。私にとっては父はずっと父だし、母はずっと母だが、当然ながら2人はそれ以外の役割も持っているわけで、そういう一面、特に私が生まれる前の話を聞くというのは非常に新鮮な体験だった。停電が思わぬプレゼントを持ってきてくれたのだ。
21時に電気が復旧。入浴を済ませ、いつでも寝られる用意をしてこの日記を書いている。先にも述べたように、一般家庭はともかく、企業や店舗にとって、この停電は死活問題である。実際今日も、停電の影響で客足が一気に遠のき、運転資金の確保が難しくなりそうだという飲食店の経営者から相談の電話があった。そういった影響は飲食店や小売業に留まらず、産業界全体が大きなダメージを受けることは必至である。特に、経営基盤の弱い中小企業にとっては、それが十分致命傷となりうる。そして、現時点ではこれといった対策も見当たらない。一体、どうしたものだろうか。
