4時半起床。5時過ぎに家を出て、東京駅へ。直前だったので指定席が取れず、30分前から自由席の列に並ぶ。めちゃくちゃ寒い。
東京駅6時28分発の北陸新幹線はくたか551号に乗り、上越妙高へ。私たちは座れたが、自由席は驚くほどの大混雑で、通路まで人でぎっしり。車内混雑で、ダイヤも若干遅れ気味だ。大半が、スキーに行く人たちのようである。早くから並んでおいて良かった。混雑は長野まで続き、更に次の飯山でスキー客の大半が降りて行った。ほっとしたのも束の間、その次はもう上越妙高である。



上越妙高駅で、えちごトキめき鉄道に乗り換え。北陸新幹線の開通により、JR線から第三セクターに移行した路線である。目的地の直江津までは、15分ほどで到着。





タクシーで斎場へ移動し、9時半から告別式。その後、火葬、還骨法要、繰り上げ初七日法要、お斎(精進落とし)と、夕方まで続く。告別式で妻の従弟が孫代表として手紙を読んで自作の曲を演奏する場面があったり、義父の挨拶だったり、思わずぐっとくる場面があった。また、親戚の皆さんが良い方ばかりで、中には私と同じ鉄道マニアの叔父さんがいたりして、ゆっくりとお話をすることが出来た。
一方で、ほぼ丸一日となった法事の間、失礼ながら私は半ば映画を観ているような気持ちでその場の流れに身を任せていた。お坊さんの読経が下手だなーとか、結婚式にも来てくれたあの人はどういう位置づけの人だっけなーなどといったしょーもないことを考えていた一方で、葬儀の機能について深く考えさせられた。簡単に言えば、葬儀というのは故人のためのものであると同時に、それ以上に遺された者のために執り行われるものであると感じた。葬儀の場に親族や親しかった人たちが悲しみをもって集まり、それを共有し昇華させることで気持ちの整理をつける。更に、故人の思い出を分かち合ってその存在に感謝する。それと同時に、今の時代にはなかなかない親族が一同に集まる機会として、久しぶりの交流を楽しむ。葬儀というのは、そのような機能を持っている。だから、葬儀を経ることで、遺族も少し晴れやかな気持ちをもって別れを受け入れることが出来る。そして、最後には「良いお葬式だった」と言える。そういう意味で、今日の葬儀も本当に「良いお葬式」だった。亡くなったお婆さんもきっと、空から今日の様子を微笑ましく眺めていたと思う。妻の表情も、葬儀の前と後では見違えるほど晴れやかになった。夫としては、それが一番嬉しかった。
親戚の皆さんと別れ、直江津駅17時40分発の特急しらゆき7号に乗り、長岡へ。





1時間ほどで、長岡駅に到着。辺りはもう完全に暗くなっていた。


今日は、長岡で1泊する。駅直結の「ホテルメッツ長岡」にチェックイン。

少し休憩をしてから、夕食を取りに出る。長岡の街は、予想以上に栄えていた。


何か所か回った結果、雰囲気の良さそうな割烹「魚栄」に入る。日中にかなりの量を食べたので、晩酌セットを注文。2人前分のお酒(新潟の地酒「壱乃越州」(熱燗)と「吉乃川六段仕込み」(常温))は妻に任せて、私はジンジャーエールを飲みながら料理を頂く。出て来る料理がどれも手の込んだ美味しいもので、結局追加で他の料理も注文した。






わかさぎの南蛮漬け。

カキと蒸ホタテ酢みそ。

鯛、雲丹、甘海老のお刺身。

ハマチ醤油焼。

イカのお刺身(別注)。

ナメタガレイの煮付け。

21時前にホテルへ戻る。早朝から活動していたので、さすがに疲れた。
