4時半起床。身支度を整え、5時半前に家を出る。東京駅06:26発のひかり501号に乗り、米原へ。指定席は満席とのこと。朝食は、車内で「すきやき弁当」を食べる。朝一番には少々重たかったが、美味しかった。その後は名古屋到着前までぐっすりと眠り、米原には08:49に到着。

  米原駅で東海道線に乗り換え、能登川へ。駅前からバスに乗り、15分ほどで観音寺口停留所に到着する。ここが、西国札所第32番、観音正寺の最寄り停留所である。しかし、そうはいってもここからお寺までは徒歩で40分かかる。しかも、ひたすら山道を登らなければならず、本当に辛い。山道は空気がおいしいし、景色も綺麗で癒されるが、ここの道は厳しすぎる。お寺に着く頃には完全に息はあがり、真冬の寒さだというのに服には汗がにじんでいた。あとから知ったのだが、ここは西国でも有数の難所として有名らしい。そんなところに観光気分で足を踏み入れるから、こういうことになるのだ。やはり、事前の情報収集は大切である。しかも、今日は途中から雪が降り出したので、風情はあったが足を滑らせないよう慎重に歩かなければならず、余計に大変だった。


中腹からの景色。これだけ登ってまだ半分。


このお寺付近では、石や岩への信仰が深いようだ。

  観音正寺では、大きなご本尊をとても近くで拝むことが出来る。しかも、とても優しい表情をした菩薩様なので、対面していると非常に穏やかな気持ちになる。また、納経所では、お寺の方が仏様の違いについて説明して下さった。例えば、観音様はまだ修行中の仏であるため位は低いが、それゆえ庶民にとっては身近な存在であり、悩みを打ち明けたりお願い事をすることが許される相手らしい。他にも、ご自身のガンの経験(喉頭癌で喉頭を摘出された)などを交えて、仏様のありがたさについてお話して下さった。こういう話を聞くことも、巡礼の醍醐味のひとつである。

  帰りはひたすら下りだったので、20分もかからずにバス停まで戻ってくることが出来た。ただ、足腰への負担は大きかったようで、途中から完全に足が笑ってしまった。こんなに足がガクガクになるなんて、いつ以来だろうか。

  能登川駅へ戻り、近江八幡駅へ移動。駅前から再びバスに乗り、西国第31番札所、長命寺へ。ここは最寄りのバス停から徒歩20分とのことだったが、今度は808段の石段をひたすら上らなければならず、悪夢再来。既に限界に近づいていた私の足は、完全に悲鳴を上げた。しかも、再び途中から雪が降り出す始末。ちょうどお寺にいる時だけ雪が降るというのは、幸か不幸か。お寺の方の話によると、これが初雪らしい。何というタイミング。


参道のお店は1軒も開いていない。


地獄の808段(お寺に対してこういう表現は不謹慎か…)

  長命寺は、本堂が非常に立派で趣きがあるし、境内からは琵琶湖が見渡せる。雪が降っていたこともあって、別世界のようだ。このお寺は、その名前からもわかるように、健康長寿の霊験で有名であり、先ほど上った808段の階段もまた、上りきることで健康が得られると言われている。そのため、ここでは様々な方の健康をお願いしておいた。


琵琶湖が目の前に広がっている。

  笑い過ぎてもはや自分の体の一部とは思えないような足を引きずりながら階段を下り、バスで近江八幡駅へ戻る。そのまま東海道線に乗って京都へ出て、地下鉄を乗り継いで三条京阪へ。駅ビル内にある「風の家」でお好み焼きとたこ焼きを食べる。何が特別ということはないのだが、この場所にあるお店でお好み焼きを食べるというのが小さい頃からの習慣になっている。どちらかというと地元のテイクアウト客のほうが多いお店だが、そもそもこういうものは畏まった場所で食べるものではない。

  三条駅から京阪線に乗り、京橋へ。ここで母と祖母と待ち合わせなのだが、その時間まで少し余裕があったので、京橋駅前の商店街を散策する。典型的な古き良き大阪の商店街で、この活気が全国の商店街にもあればと思う。こういう街並みを守ることは、非常に重要なことである。

  母と祖母と合流し、「ホテルモントレ ラ・スール」内にあるフランス料理屋「エスカーレ」で夕食。夜景は綺麗だし、雰囲気も落ち着いており、値段もそこそこ高い。結婚式の披露宴や二次会などで使われるお店のようだ。料理に関しては、肝心のメイン料理はいまいちだったが、最後に出てきたケーキの盛り合わせはおいしかった。


最後のケーキ盛り合わせが一番印象に残っている。

  京橋から大阪環状線と近鉄線を乗り継いで、22時過ぎに帰宅。仏壇に手を合わせ、ゆっくりと入浴してから、日付が変わる前に就寝。ひどい筋肉痛で、足は大変なことになっている。