しばらくこのブログを更新しなかったのは、パソコンが実質的に使えなくなってきて、新しいものに入れ替えたからである。それまで使っていたパソコンは、起動するのに30分以上も掛かるようになっていた。それはさすがにつらい。そこで、新しいパソコンを購入した。そして、そのパソコンが届くまでの期間は、潔くブログの更新はしないことにした。
その間、会社のほうでは、私が中心となってSNSによる情報発信を始めることになり、若いメンバーで協力し合ってFacebookやTwitter、Instagramなどの活用を開始した。今、「私が中心となって」と書いたが、それは上層部との交渉役としてという意味であって、実際の発信自体には私より詳しかったり上手な若手がたくさんいるから、私は自分のペースでコツコツと発信しつつ、周囲のみんなが困っていないか、もっと取り組みやすくするためにはどうしたらいいか、というようなことを考えていればいい。
しかし、だからといってこのまま情弱でいるのは格好が悪いので、一応私も上記3種類のSNSを個人的に始めてみた。すると、思っていたよりも面白いということに気づいた。特にTwitterが面白い。140文字という制限の中にいかに自分の伝えたいことを凝縮するかを考えていくと、奥が深い。そして、自分が言いたいこと、書きたいことも見えてきた。これまでのこのブログでは、1日の日記という形でその日全体を俯瞰的にとらえつつ、特にピックアップしたいことについて詳細に書くという形をとってきた。その理由は、このブログを始めたきっかけにある。私は以前、もう10年以上前のことになるが、記憶喪失になったことがある。それはせいぜい3日間程度のことであったが、その時の不安感やどうしたらいいのかわからない気持ちは今でもよく覚えている。その時、記憶を呼び戻すきっかけになったのが、数日前に家で母が作ってくれた夕食の鯖に関する父と母のやりとりだった。確か、鯖が傷んでいるのではないかと父が文句を言い、母とちょっと険悪なムードになっていたのだ。そのエピソードが、数日後、病院のベッドの上で自分が誰かすらわからなくなっていた私を救ってくれた。それ以来、日々の食べたものや小さな体験を記録しておこうと思ったのがこのブログをはじめたきっかけである。
だから当初は、好きで書いていたわけではなかった。また記憶喪失になったときの復活のきっかけになるように、という半ば強迫観念のようなものに追い立てられて日々の日記をつけていた。しかし、あれから10年以上経った今、「また記憶喪失になるのではないか」という不安は薄らいだ。それがいいことなのかどうかわからないが、ようやくあの時の熱さが喉元を過ぎていった感じた。だから、もはや強迫観念に追い立てられて日記をつける必要はない。書きたいことがある日もあれば、残念ながら別にどうでもいいという1日もある。食べたものが美味しかった日もあれば、クソまずいものを食べてしまった日もある。「美味しかった」とは書けるが、「クソまずかった」とは書けない。今の形では、書きたいことが書けていないこともあるし、書きたくないことも書いていることもある。
じゃあ、書きたいことを書くようにしよう。今流行っている『読みたいことを、書けばいい』(田中泰延・著)というわけではないが(この本も読んだ。面白かった。)、そもそもは「将来また記憶喪失になるかもしれない自分」のために始めたブログなのだから、「もう記憶喪失になることはないだろう自分」でも楽しめるようなブログにしようと思う。もちろん、今までの日記も書いていて楽しかった面も大いにあるのだけれど。正確に言えば、もっと楽しめるような、というべきだろうか。
だから、今日のこの日記から、書き方を変える。毎日の日記ではなく、書きたいテーマだけを書くようにする。書きたいようなことが全くない日が続くかもしれないし、1日にいくつも出てきて大変になることもあるかもしれない。しかし、とにもかくにもそうやって書いてみようと思う。ごくたまに出会う「ブログ楽しみにしています」と言ってくださる方、特に最近は仕事関係で出会った方がどういうわけかここに辿り着いてくださっているということも増えてきているのだが、もしこれまでの形式や書き方を好きでいてくださっているとしたら、ごめんなさい。でも、そういう場合は面と向かっては何も言わず、そっと見るのをやめてください。案外気が弱いので、直接言われるとブレてしまうかもしれませんので。
