後輩から「何でなんですかね?」と聞かれて、答えられなかった。先週末の金曜日、翌日に台風が来ると言われている状況にも関わらず、私たちは仕事終わりの小田原で居酒屋に入り、のんびりと夕飯を食べていた。

 うちの会社ではダブルスタンダードがはびこっている。〇〇さんは何も言われないのに、△△くんが同じことをやると苦言を呈される、なんてことがよくある。私も、上司のひとりがスニーカーで出勤しているのでそれを真似したら、もっと上の上司から「だらしない。社会人としてありえない」と言われたことがある。私の場合は「なぜ〇〇さんには言わないんですか?僕に注意するなら、まずは〇〇さんにも同じことを言ってください。話はそれからです。」と突き返したが、そうでない場合も、人も、いる。

 とあるジャンルの仕事について、後輩が主体となって取り組みたいAという事業があった。その実施に向けたは上司から事前に成果の見込みや費用対効果についてかなり細かな指摘があり、許可が出るまでにかなりの苦労をした。一方で、Bという事業がある。Aと同じくらいの比較的大きな予算規模にも関わらず、例年の結果からこれといった成果が見込めないことが明らかな事業である。しかし、このBには素通りで実施許可が出た。理由は簡単だ。毎年この事業に参加している発言力の大きい某顧客が「今年もやってほしい」と言ってきたからだ。Aという事業だって、参加を希望している顧客はきちんといる。ではなぜ、Aという事業にだけ厳しく成果や費用対効果を求められ、Bには求められないのか。それが冒頭の「何でなんですかね?」という質問が意味するところである。

 このダブルスタンダードは、組織に長くいると「まあそういうこともあるんだよね」で片付けられてしまう類のものだろう。恥ずかしい話だが、今年で勤続10年目になる私も当初はそれほどの問題意識を持っていなかった。しかし、後輩の話を聞いてみると、こうした筋の通らない意思決定が後輩たちのモチベーション低下をもたらしていること、実際にこの問題で嫌気がさして退職していった後輩がいたことを知った。問題は思っていたよりずっと深刻だった。

 なぜAという事業だけが厳しくチェックされ、実施許可が出るまでに数多くの書類作成や打ち合わせが必要だったのか。この問いに対する純粋な答えでいいなら、私の中には結構自信のある仮説がある。事業の実施可否を決定する権限を持っている上司が、自分の権力を誇示したかったから。おそらく、彼は権限ある立場にある自分に自信がないのだろう。だから、この事業が出来るかどうかは全て自分次第なのだ、ということを私たちに示したかったのだと思う。私は最初からそう思っていたから、検討の過程でああだこうだと厳しいことを言われても、結局はOKになるとわかっていた。彼は否定したいのではない、自分が否定できるということを示したいだけなのだ。くだらないと思うだろう。私もそう思う。しかし、それが現実だ。その程度の人間が権力を持っているしょーもない組織なのだという現実を受け入れなければいけない。

 質問されたとき、こんなようなことを言おうかどうか迷って、結局言わなかった。一方で、「それだけ〇〇さんに期待しているってことだよ」などという誤魔化しもしなかった。賢い後輩なので、こんなことを言っても意味がない。もしかしたら彼女は、私が思いつくようなこの仮説なんて、とっくに考えているかもしれない。

 それでも今日の仕事は楽しかったと笑顔を見せる後輩を見てほっとする。同時に「さて、どうしたもんだろうか」と気が引き締まった。問題を問題だと認識した以上、解決策を探りたい。それがちょっぴりだけ多く給料をもらっている先輩としての役目だろう。