6時半起床。朝まで電話は鳴らなかった。

 朝食は蜂蜜入り豆乳ヨーグルト。

 娘が少し発熱しており、学校は休ませることにする。さすがにこの土日のスケジュールには無理があったかもしれない。

 娘の看病はテレワークの妻にお願いし、私は早めに家を出る。

 8時半前に出勤。

 9時半過ぎに母から着信。父の呼吸と心臓が止まったとのこと。

 すぐに退勤し、戸田中央総合病院へ向かう。

 10時半前に病室に到着。しばらくして弟も到着し、3人が揃ったところで、10時58分にお医者さんの死亡確認。享年74歳。

 叔父と叔母も到着し、12時過ぎに葬儀屋さんに父を迎えに来て頂く。2年半前に祖母の葬儀もお願いした葬儀屋さんで、その時の対応がとても良かったので予め今回もこちらにお願いしようと決めていた。

 病室の荷物をまとめ、父を追いかける。病院の皆さんは最後まで温かく見送ってくださった。短い間でしたが、お世話になりました。ありがとうございました。

 移動中、宮城県石巻市にある菩提寺のご住職に電話をかけ、父の死亡と、葬儀はこちらで済ませること、遺骨もお寺には埋葬しないことを伝える。この点は、昨日の段階で叔父にも相談して了承を得ておいた。私が祭祀承継者になるこのタイミングで、石巻のお墓は墓仕舞いする。

 葬儀社で打ち合わせ。祖母の時のプランをベースに、1日葬で行うことにする。日取りは17日(明後日)に決定。結構無茶なお願いもしてしまったが、終始こちらの希望に沿った提案をしてくださって本当にありがたかった。

 父にお線香を手向けてから実家へ戻り、父の柩に入れる品物を整理する。

 父の仕事はドイツ語をメインとした翻訳業で、書庫にはドイツ語・ロシア語・英語などの洋書が少なく見積もっても数千冊は保管されている。その中で、生前父から聞かされていた「死んだら棺桶に入れて欲しい大切な本を保管している本棚」にある洋書を弟と分担してGoogleレンズの翻訳にかけ、見繕っていく。2時間ほど掛けて、父が好きだったゲーテやドストエフスキー、シェイクスピア、和書からは芥川や太宰などを選んだ。ただ、どうしても見つけたかった『カラマーゾフの兄弟』の原書が見つからなかったのが心残りである。20年ほど前、私がまだ実家で暮らしていた頃に父からここにあると教えてもらったはずなのだが。

 18時半過ぎに実家を出て帰途につく。東京から新幹線に乗ったが、座ったら寝落ちしてしまいそうなのでデッキで立っていた。

 20時前に帰宅。娘は熱も下がり、元気いっぱいである。やはり週末のハードスケジュールで疲れが溜まっていたのだろう。

 夕食は焼き魚やきんぴらを中心に。妻が帰宅してすぐに食べられるように用意しておいてくれた。腹ペコだったのでありがたい。

 「ピンナ食堂」の水キムチはあっという間に食べ終えてしまった。500gでは少なかったか。ただ、結構すぐに酸味が強くなるので、ベストの状態のものを食べようと思ったら小ロットでこまめに注文するしかない。

 山上蒲鉾店の伊達巻も食べる。さすがの美味しさである。

 寝室へ向かう娘を見送ってから、入浴と洗濯を済ませる。

 23時過ぎに就寝。約1ヵ月振りにスマホの電源を切って眠る。

 父が死んだという実感はまだない。ただ、父は超が付くほどのヘビースモーカーで、最後は肺がんなどでかなり苦しむのではと心配していたので、そうはならなかったことに安堵している。