6時半起床。

 朝食は蜂蜜入り豆乳ヨーグルト。

 娘を見送ってから身支度を整える。

 職場へ連絡を入れ、来週の火曜日まで忌引き休暇を頂くことになる。

 9時半過ぎに家を出て、横浜で用事を済ませる。

 横浜から埼玉の実家へ向かう。久しぶりに湘南新宿ラインに乗った。

 赤羽で京浜東北線に乗り換えて蕨へ出て、「ハッピーケバブ」で昼食。

 先日、レイシストたちに嫌がらせを受けていたお店である。レイシストたちと直接やり合う勇気はなく、普通に食べに来ることくらいしか出来ずに申し訳ない。

 飲み物は、トルコのヨーグルトドリンク「アイラン」。塩味のヨーグルトで、最初に単独で飲んだ時は「うわ…」と思ったが、後にケバブと合わせると美味しいということがわかった。

 メインはケバブサンド。大昔に一度、屋台のケバブを買って食べたことがあり、それがパサパサで美味しくなかったので以来何となく敬遠していたのだが、ここのケバブは驚くほど美味しい。お肉はカオマンガイのようなしっとり感があり、シャキシャキの野菜ともっちりのピタパンに独特のスパイスのきいたソースが絶妙である。次は日曜日限定だという牛肉と羊肉のケバブも食べてみたい。

 デザートに「バクラワ」も頂く。フィロというパイのようなサクサク生地でピスタチオを挟み、たっぷりシロップをかけたスイーツである。シロップ漬けのイメージからすると意外にすっきりとした甘さで美味しく、危うくもう1皿注文するところだった。

 サービスでチャイを飲ませて頂いた。バクラワの甘さとの相性がとても良い。ごちそうさまでした。

 時間に余裕があるので、西川口の実家まで歩くことにする。

 小学生の頃に遠征して遊びに来ていた蕨市民公園を通る。

 昔はこの小さな滝から絶えず水が流れていた。小学生の私はてっきり出てくる水は水道からのものだと思ってちょくちょく飲んでいたのだが、下流の池から循環させているものだと知った時はなかなかのショックだった。

 今は冬だから水を流していないだけで、夏には昔と同じように流しているのかもしれない。

 池の近くまで下ると水が残っている。

 この池の水が循環して先ほどの滝から出てくる。よくお腹を壊さなかったものである。

 池沿いを歩いていると、餌をもらえると期待した鴨が追いかけてくる。

 この池でよくザリガニ釣りをした。家に持ち帰って茹でて食べてみたこともあり、めちゃくちゃ臭かったしジャリジャリしていた記憶がある。きちんと泥抜きをしたら違ったのだろうか。あと、ザリガニの残骸を見つけた祖母が悲鳴を上げていたことも覚えている。

 お正月にここで凧揚げをしたことを思い出す。当時は確か冬休みの宿題に凧作りがあったと思う。

 今度、娘を連れて来てみようかな。岸根公園よりは狭いから、それほど新鮮味はないかな。

 このビルの上層階にはかつて、今でいうところのスーパー銭湯とプールが合体したような温浴施設があった。食事が出来る畳敷きの大広間にカラオケがあり、知らない人たちの前で歌う恥ずかしさを感じつつも楽しく歌った記憶がある。親に連れて来てもらったのは1度だけで、大半は友だちのお父さんに連れて来てもらっていた。今振り返ってみると、その友だちのお父さんも、お風呂場やサウナにいたおじさんたちも、たくさんの刺青が入っていたり指が何本かなかったりした。

 この建物には、大学4年生の時に友人のお父さんが経営する八百屋さんの手伝いで配達に来ていた。配達先は違法カジノのキッチンで、奥の部屋でルーレットの卓を囲む金ネックレスのおじさんや水商売風のお姉さん方が見えたのと、シェフがとんでもなくぶ厚いステーキを焼いていたことをよく覚えている。確か、私が大学を卒業してすぐくらいに摘発が入って潰れてしまった(移転した?)と聞いた。

 西川口駅まで戻ってくる。川口市は平和宣言都市らしい。それならヘイトクライムをもっと厳しく取り締まらないと。

 東口の東武ストアは私が子どもの頃からずっと変わらない。他にもっと近いスーパーがあるにも関わらず祖母はよくここまで買い物に来ていたが、何かお目当ての商品があったのか、単純に値段が安かったのか、理由はわからない。

 陸橋を渡って西口へ移動する。

 右も左もかつて同級生が住んでいたマンションである。もしかすると今も住んでいるかもしれない。

 高校くらいまで通っていた理容室は今も健在である。今度、一度ここで切ってもらおうか。

 テレビチャンピオン(パン作り選手権)準優勝を皮切りに、デイジイはどんどん有名になった。今では東京駅構内に店舗を構えているのだから本当にすごい。私はここのピロシキとトライアングル(クリームチーズの入った三角形のクッキー生地パン)、フロランタンが昔から大好きである。

 実家に到着。愛犬ふゆちゃんが大歓迎してくれる。

 机の上に朝刊が置かれている。父がいなくなったので一度も開かれていない。

 「ののちゃん」が今も続いていることに驚かされる。私が物心ついた時から連載されているはずだ。

 保険関係の手続きから戻ってきた母と部屋の片付けをしてから、父の書庫に入る。昨日見つけられなかったドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』が保管されているのではないかと思いついた場所があったのだが、空振りだった。父が私や弟の結婚式の挨拶で触れるほど大好きだったカラマーゾフの原書は、どうやら棺には入れられないようだ。お父さん、ごめん。でも、ドイツ語版全集のほうで入れるからそれで我慢してください。

 母と一緒に父の通帳をかき集める。母が管理している家計用のものだけで3行、父が自分で管理していたものが2行、少なくとも5行の口座と国債加入通帳の存在がわかった。これはなかなか厄介である。

 17時前に実家を出て、新横浜へ戻ってからまいばすけっとに寄り、18時半前に帰宅。

 夕食はおでん。先日私が山上蒲鉾店で買ってきた新上といわしつみれが入るようである。

 しんじょうはそのままでも食べる。タピオカ粉が入っている分、板蒲とはまた異なる食感で美味しい。

 おでんは子どもの頃からずっと好きで、無条件にワクワクさせられる。カレーに似た存在である。

 味がよくしみていて美味しい。だからこそ願わくばちくわぶを入れて欲しいところだが、妻の家系ではおでんにちくわぶを入れる文化はないらしい。信じられない。

 入浴と洗濯を済ませ、娘を寝かしつける。

 夜食はダブルロール。夜遅くにハイカロリーな菓子パンを食べてもいいよね、喪中だし。

 23時過ぎに就寝。